2017/07/14

生きて体があるということ


土曜日に教会の会議から帰ると心の時代で「ティク・ナット・ハン」氏のことを放映していた。

思わず夢中になって見た。

彼の法話の中でとても好きだと思った一節があった。

「人間の体なしにブッダになることはあり得ません。」

数日間心に響いていて、火曜日の教会の祈りはイザヤ38章だったのだがそこには

「生きているものだけがあなたを讃える」

とあった。

私はボンクラな人間だから、悟りが何かはよくわからない。
けれども、自分の全てを使って今この時を味わうということなのだとしたら、それは神の臨在に中で安らいでいる感覚に近いのではなかろうかと感じた。

生きているものだけがあなたを讃えるという言葉に、わたしは神を讃えることに交われない死者に対し少なからず「かわいそう」と思っていたのだが、うまくいえないが、そうではない気がしてきた。

私というペルソナを生きられるのは、私が肉体を持っている間だけだ。
転生があるかないか、わからないし、キリスト教ではあっても煉獄→天国くらいなのだが、その時の体の状態がどうなっているかわからない。

そんなわからないことを考えるより、いまを生きること、五感を全て使って今を味わうこと、神を思い讃えることを生きた方が幸せになれると私は思った。

悟りは、それが幸福だから、求めるのだし…

今を生きることに集中することの大切さをこの数日学ばされたのであった。

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