2017/05/26

聖霊とキリシタン殉教者に導かれて

  先日書いたブログ地味にヒットしています。

毎日数件のアクセス…「隠れキリシタンのことを調べるノンクリの夫」というものです。キリシタンのことに興味ある方が意外と多いことがわかり不思議な気持ちです。


あの時、「大分に戻る時には貴重な遺物を守って下さっている牧師先生にお会いしたい」旨を最後に書きましたが…もう願いは聞き入れられてしまいました。

早い…感謝…➕

一泊二日の強行大分行き、1箇所私が好きそうな場所に寄ろうと主人が選んでくれたのは殉教記念公園。鶴崎にあるとわかり、もしかして、動画に出てきた牧師先生の教会の近くかな?と思って調べたら、目と鼻の先だったのです…


礼拝の最中かな、と不審者のようにウロウロしていたら女性が二人出ていらしたので思い切って訪ねてみました。お掃除中でした…アポイントもなく大迷惑だと思ったのですが、先生が事情を聞いてくださり、見るだけならと案内してくださいました。

みて帰るだけのつもりでした。なるべく早く…でもみいっていたのかもしれません。しばらくすると先生が遺物について説明をしてくださいました。でもそれだけではなかった。なぜキリシタンたちが生き延びることができたのか…それをお話ししくださいました。その話は、今クリスチャンとして生きる私たちにも繋がる素晴らしいお話でした。動画でも泣きましたが、目が潤んでしまって大変でした(コンタクト使用者なので)

以前天草に行った時、江戸後期に5000人ものキリシタンが見つかり、宗門心得違いとされた記録(天草崩れの資料)をみて不思議に思ったのです。5000人が隠せ通すことは難しいのではないか?なんとなくわかっていたけど、知らぬ存ぜぬで仏教徒と共存できていたのではないか…私のうちに疑念が湧いたのでした。

そして今回、牧師先生も同じようなお考えを持たれていることがわかり、さらにおっしゃいました。

「なぜそうだったかわかりますか?キリシタンが聖書の教えをカトリックで言えば「カテキズム」ね、それを生き抜いていたからですよ。イエス様の教えを貫いていたのです。イエス様の教えとは何ですか?困っている人たちがいたらすぐに助けるということです。古い時代色々な災害がありましたが、一番に駆けつけられるようなキリシタンたちをみて周りの人はどう思ったでしょう?責めることはできないのではないでしょうか?あとは五人組の制度が逆にキリシタンを守ってくれたのではないかと思いますよ…キリシタンたちは受難もあったけれどそれだけではなく、イエス様の生き方を生きることで私たちが想像していた以上に守られていたのです。「飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねる」それを生きていたのですよ。」

「人は一人で信仰を保つことができません。
だからこそ「エクレシア」が重要なのです。」

「神の国はもう気づいたあなたの中にあるのですよ。」

これらの愛と信仰についての素晴らしいお言葉を、遺物の説明を受けながら、聞いていました。
そしてそれらの言葉は、今の私にとって課題であり、またそれを生きたいと願っていただけに大きな支えと励みになりました。

大分という身近な場所で、こんなにも深く聖書の教えを学ぶことができたことは聖霊と今まで巡礼していた殉教者の魂が、もっと聖書に近づけるよう手を引き、背中を押して助けてくださったのかもしれません。

最後に先生のご著書までいただきたい、ありがたく、申し訳なく思っている次第です。

今度はもっとゆっくり、ちゃんとアポイントをとってから伺おうと思います。まだまだお聞きしたいことはたくさんありますから…

*…*…*…*…*…*…*…*…

6月4日はカトリック大分教会の信徒を中心にキリシタン殉教記念で「葛木祭」があり、10時からミサと11時15分から「禁令下のキリシタンたちはどう生きたか」という臼杵市教育委員会文化財研究室の神田高士室長の講演会があるようです。

大分周辺の方で、キリシタンに興味のある方はお出かけになってはいかがでしょうか?
駐車場が狭いので公共の交通機関をお勧めいたします。

私も行きたいけど…ちょっと無理ですね〜(T-T)
残念です…

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