2017/03/26

神のお告げの祝日


私は北原怜子さんの影響を受けて受洗に至ったのですが、お告げの祝日のミサ朗読にでてくる言葉の中に北原さんの愛した言葉があります。

ミサ朗読 http://seseragi-sc.jp/xe/346521

「われは主のはしためなり。仰せのごとく我になれかし」
「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」

彼女の生き方を見ていると、彼女は意志が強く、発想も豊かな方だったと感じます。
だからこそ主への従順は時につらいことも多かったのではと思います。
意志が強くなければいけない部分と自分を無にする部分が同時に自分になければなりません。
いつもいつも主の御心は何かだけを考えて生きることの大切さを考えさせられ、そのように生きることの難しさを思わされます。

また、この瞬間はキリスト・イエスのご受難が始まった瞬間とも考えられてなりません。

キリストは人間の姿であらわれ 死にいたるまで
しかも十字架の死にいたるまで
自分を低くして したがう者となった
それゆえ 神はキリストを高くあげて
すべてにまさる名を おあたえになった

人間の姿になることが決まった瞬間。。。
完全な贖いの始まった瞬間。
この時間に感謝し、私の罪の赦しを願います。

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3月25日はオカロランの命日ですね。
私は先日頂いた楽譜Planxty Irwinを練習していました。



こんな感じのメロディで、明るくて大変気に入っております。
この動画、素敵ですね。


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