2017/03/21

四旬節第三火曜日

やっと今日の黙想までたどり着きましたw

自分の中のテーマは「閉ざさない」
だった今日の読書箇所、ミサ朗読箇所
読書箇所 http://www.pauline.or.jp/bible/bible_od_quaresima03tue.php
ミサ朗読箇所 http://seseragi-sc.jp/xe/prayer/346513

神に反抗するというのは、自分第一主義であるということ
神に心を閉ざしてしまうこと
そしてゆるさないというのも自分第一主義であるということ
他者の価値観や行動を自分の中から締め出してしまうということ

神に対しても他者に対しても自分を閉ざさないということは
自分が傷つく可能性を残しています。
それでも神様は閉ざさないことを勧められます。
傷ついてもそこに完全な癒し、完全な回復があると信じて
神に対して心を開き神の価値観を受け入れ
赦し続けること

怒りっぽい私には難しい課題です。
心を閉ざさないでいられるよう聖霊の助けを願うところから始めたいと思います。

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昨日はアメリカ、ミネソタ州にある聖ヨハネ修道院のオブレートの集いがありました。
久しぶりにあうローマン神父様、ひと月ぶりにあうトニー神父様、お二人のミサから始まった集いは霊的読書と分かち合い、夕の祈りを通して「聴くこと、愛を示して生きること」を学んだように感じます。
きっとこの集いでは集まった人それぞれが違う学びを得るのではなかろうかと感じます。
互いの感じたことを聴きあうことは、それぞれに大きな影響を与えます。
沈黙だけではなく、心を開いてかかわりあっていくことで、さらに神様を近くに感じ帰っていくような集いです。
神父様の一方的なお話だけでなく、仲間は聖書の箇所からどのようなことを学びえたのか、神様の懐の深さ広さを味わうひと時でした。

さて、その集いの中のミサで私、風のセミナリオの皆様の仲間に加えていただきグレゴリオ聖歌を歌わせていただきました。
勝俣先生のご指導、そして、皆様の温かさにふれながら、歌い切れていないのに歌わせていただき喜びでした。

さらに・・・
私が初めてグレゴリオ聖歌に興味を持ち、訪ねた聖グレゴリオの家の橋本先生がごミサにいらっしゃり、この偶然には驚かされました。
以前にも書きましたが私はグレゴリオ聖歌について何も知らず、訪ねて行ったのですが、橋本先生は遠くから来たからと1時間以上もグレゴリオ聖歌について教えてくださったのです。
その後もリラ・プレカリアの講習会等でお会いし、毎日歌い、グレゴリオ聖歌を自分の血肉にして祈っていくことの大切さを教えられました。
その先生の前で歌うことは緊張もしましたが、うれしくもありました。
私が以前お世話になった話をすると、思い出してくださり、「勝俣先生がついて指導してくださるのだから、歌い続けてくださいね、あなたたちのグレゴリオ聖歌を歌い続けてくださいね」とお言葉をいただきました。決して私一人に与えられた言葉ではありませんが、うれしくて泣きそうになりました。
本当に神様に感謝したひと時でした。

昼食時などには、アイルランド人のBさまとまた近くに席を取らせていただき、アイルランド談話などし、おまけに素晴らしいアイルランド民謡まで歌っていただき教えていただいてしまいました!!



こういうひたすら光に満ち溢れたような曲も弾いてみたいな…
練習しまーす。

ところでそのBさんはフランス語がお好きなのだとか。
ベネディクトの教え、瞑想、フランス語、好きなものが似すぎていて笑えてしまいます。
Bさんだけでなく広くなってゆくつながりに感謝のひと時でした。

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